

塗り分けが使えなかった理由
218dの右フロントバンパーには、擦過と変形が複合した損傷があった。通常の補修塗装であれば、面のプレスラインやエッジを境に塗り分け、作業範囲を最小限に留めるのが定石である。しかし今回の損傷位置は、そのプレスラインをまたぐ形で広がっていた。境界を作れば必ずどこかに段差や色ムラの起点が残る。ここで境界に頼らないという判断を下したことが、この修理の分岐点になった。 境界線が使えないなら、境界そのものを消すしかない。そのためにバンパーを車体から脱着し、分解した状態で補修範囲を再設定した。取り付けたまま作業する場合と比べ、工程数も時間も確実に増える。それでも、パネルの継ぎ目や隠れた締結部まで見渡せる状態を作ることで、塗装の仕上がりを左右する下地処理の精度を上げられると判断した。
一本のクリアに賭けた理由
塗り分けをやめた以上、選んだのは面全体に一本のクリア層をかけるという方法である。境界を作らないということは、色とクリアの層を途切れさせないということでもある。途中で層を止めれば、そこがわずかな段差や艶の差として将来必ず現れる。だからこそ、218dの右フロントバンパー全体を、途切れのない一枚の面として塗り切る必要があった。 作業は次の工程で進めた。- フロントバンパーの脱着・分解
- 損傷部の板金・下地整形
- 色調合わせと塗装
- クリアの一本仕上げ
- 組立・再取付

黒という色が要求する精度
今回の塗装色は黒である。黒は光の反射がそのまま艶と平滑さの差を映し出す色であり、わずかな粒子の乱れや研磨の甘さも隠れてくれない。数年後に艶が落ちたり、境界付近から色差が浮き出たりする品質低下のリスクを見越し、研磨から仕上げまでの各工程で通常以上に時間を割いた。目先の仕上がりだけでなく、経年後の見え方までを見据えた作業である。 BMW 218d グランツアラーMスポーツは、FFプラットフォームでありながら「駆けぬける歓び」を追求した一台であり、その性格は外観の精緻さにも表れるべきだと考える。境界を消し、一本のクリアで面を統一したフロントバンパーは、遠目にも近目にも違和感のない仕上がりとなった。数年先も、この黒の艶が変わらず語り続けることを願っている。






